睡眠時無呼吸症候群について
はじめに
1990年代前半、大学病院などで「いびき外来」をはじめた時には、一般的な知名度はほとんどありませんでした。夫のいびきの相談でいらしたご夫婦が目の前で『俺のいびきも愛せないのか!』『冗談じゃないわ。ちゃんと治療を受けなさいよ』と喧嘩する場面に何度遭遇したことか・・・。
しかし、今は時代が違います。チェルノブイリの原発事故やチャレンジャー号の大爆発、新幹線の運転手が停まるべき駅を通過してしまったり、高速道路でトラックが目の前の自家用車を乗り上げてしまったり・・・これらの大事故にはいずれも睡眠時無呼吸症候群が深くかかわっていることが次々とわかってきました。
安全な社会を脅かす危険性が報道されるようになり、睡眠時無呼吸症は放置されてしまうと二次性の高血圧や糖尿病、不整脈、心不全、脳こうそく、脳出血そして時に死に至る(突然死)こともあるたいへん恐ろしい『疾患』であることが一般的にも認知されるようになりました。
睡眠時無呼吸症の主な症状であるいびきや睡眠時に呼吸が止まる現象は、なかなか自覚しにくいものです。ベッドを共にするパートナー(夫、妻、恋人など)がいれば、夜寝ている時に、よく息が止まっている、いびきがひどい、呼吸が苦しそうといったことに気付いてもらえます。また、日中すぐウトウトしてしまう、ぼーっとして意識が一瞬途切れることがある、運転中に強い睡魔が襲ってきてひやっとしたことがある……といった症状のある方も多いと思います。
昔は、大勢で旅行すると必ずいびきのひどい人がいて、顔に落書きをされたり、うるさいと言って蹴飛ばされたりしていましたが、最近ではこうしたいびきが“睡眠時無呼吸症”という疾患によるものであることが明らかになってきています。
ここでは特に閉塞型睡眠時無呼吸症について説明していきます。
睡眠時無呼吸症の定義
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome 以下SAS)とは、睡眠中に呼吸が止まる無呼吸状態が10秒以上続き、それが1時間の睡眠で5回以上、または7時間の睡眠で30回以上起こることを指します。
SASの患者さんは、睡眠中に呼吸の停止した状態が断続的に繰り返されるため十分な睡眠がとれません。そのため、日中の強い眠気、集中力の低下、居眠り運転による大事故などを起こす危険性が高く、さらに体内の酸素不足が循環器系に影響を及ぼし、不整脈、二次性高血圧、心不全などをきたして、時には突然死に結びつく可能性があります。
厚生労働省の調査では、睡眠1時間あたりの無呼吸低呼吸数が20回以上の場合、5年後の死亡率は実に16%にもなるという報告がされています。
診断から治療まで
問診
日中の眠気の程度、いびきの有無、耳鼻咽喉科学的疾患や既往歴の有無、生活習慣、身長,体重などをうかがいます。
昼間の眠気については、Epworthの眠気テスト(ESS)を用いて評価します。また、肥満もSASに大きな影響を及ぼすことから、体重管理に関してもご相談いたします。
検査…ポリソムノグラフィー(PSG)・終夜簡易睡眠検査・パルスウオッチ検査
睡眠時のモニターをとる検査です。これを受けるためには、自宅で簡単にできる方法から1泊2日で入院していただくなど様々なものがあります。顔や体にセンサーを装着し、睡眠の深さ、いびきや無呼吸の程度、体の動きなどを測定します。
詳細は外来でご質問ください。
診断
問診と検査の結果をもとに、総合してSASの診断を行います。
内科的治療…nCPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸)について
重度の閉塞型睡眠時無呼吸症(OSAS)と診断された場合、睡眠中に専用のマスクを鼻に装着して陽圧をかけ、気道(呼吸の通り道)の閉塞を防ぐ治療を行います。これをC-PAP治療といいます。
外科的治療について
鼻詰まりが原因の場合には、鼻の粘膜を焼く下鼻甲介粘膜焼灼術や鼻の曲がった壁をまっすぐにする鼻中隔矯正術、鼻の粘膜を切り取る下鼻甲介切除術などを検討します。また、口蓋扁桃やアデノイドが大きい場合には扁桃手術やアデノイド切除術を日帰りにて行っています。
さらにのどのスペースが狭い場合には口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)でのどを広げる手術を行う場合もあります。ただし最近、UPPPによるSASの改善率が30~40%とやや低くまた、数年後には手術部位が狭窄して再発してくるという報告も出てきています。
まとめ
SASは近年になって社会問題化しています。特に、1993年に米国で提出された“Wake up America”という警告書により、重大事故とSASの関連性が指摘されたことで注目度が高まっています。
SASは肥満を伴う中年に多い疾患であり、日本では男性の約6割がいびきをかいていて、そのうちの15%にSASの疑いがあるとされています。そして、何らかの睡眠障害を抱えている人は1000万人近くになるといわれており、そのうち10~20%にものぼる人がSASであると考えられています。さらに、食生活の欧米化、ライフスタイルの変化などにより、今後もSASの方はますます増加するでしょう。
夜間のいびき、無呼吸、日中のウトウト、肥満……。こういったことに思い当たる方は、大きなトラブルにつながらないうちに今すぐご相談ください。